コンシェルジュの歴史を紐解いていくと、その原点は中世の巡礼の旅にあります。巡礼者が立ち寄る教会や修道院で旅人を温かくもてなし、困ったことを解決し、様々な質問に的確に答え、後に続く旅のアドバイスをしてきました。先々月からシリーズで、様々なおもてなしの原点となっている世界の巡礼場所にスポットを当てています。今月はイスラム教の聖地についてです。
イスラム教の巡礼地、メッカ(マッカ)という街は、アラビア半島のサウジアラビアにあります。ここはイスラム教を創始した預言者ムハンマドが生誕した地で、イスラム教発祥の地でもあり、世界中からイスラム教の信者(ムスリム)が巡礼に訪れます。なお、メッカにはムスリム以外の異教徒は入れません。ムスリムには、一生に一度、毎年決まった時期(イスラム暦の12月8日~15日までの5日間)にメッカを訪れる「巡礼(ハッジ)」という義務があり、この時期には多い時で300万人以上のムスリムがメッカに集います。又ムスリムの日常的な義務である1日5回の礼拝は、世界中の何処にいても、このメッカの方角を向いて行います。その為イスラム教の礼拝所であるモスクには、メッカの方向を指し示す「ミフラーブ」と呼ばれる窪みが作られています。日本の空の玄関口である空港には礼拝堂、ホテルではお祈りの為に方位磁石付きのマットを用意しています。
西暦570年ごろ、メッカで生まれたムハンマドは商人としてごく普通の生活をしていましたが、40歳のときにメッカ近郊のヒラー山の洞窟で天使ガブリエルから神(アッラー)の啓示を授かります。預言者として神の啓示を人々に伝えるべくメッカの地で布教活動を始めたムハンマドでしたが、信者が増えるにつれ風当りが強くなります。当時のメッカは多神教における偶像崇拝の中心地だったのです。多神教信者からの迫害を受け、ムハンマドはメッカからメディナに拠点を移し、反イスラム勢力を打倒するべく体制を整えます。イスラム教は徐々に勢力を伸ばし、630年にはついにメッカを占領。それまでカーバ神殿に祀られていた300体以上の偶像を撤去し、イスラム教の聖地としました。日本語でも「聖地」の意味合いで、“マンガのメッカ”や“サッカーのメッカ”など、「○○のメッカ」と言われるのを耳にします。英語でも“Mecca”と表記され、日本と同じように多くの人々が集う場所を指す言葉として使われることがあります。そもそも「メッカ」の語源は、古代アラビア語で“神殿”を意味する単語に由来すると言われています(諸説あり)。かつて、宗教に関する規定の中で、「信教の自由および各宗派の立場を尊重し、他宗・他派を中傷、ひぼうする言動は取り扱わない」という理由で、「浅草は、外人観光客のメッカ」という表現に対し、イスラム教の熱心な信者である在日外国人から、「メッカは全世界のイスラム教徒に崇拝されている聖地であり、許せない!」と強い抗議を受けた事件がありました。言葉の使い方には気を付けなければなりません。
東京都渋谷区代々木上原に、駅から徒歩5分ほどの場所に「東京ジャーミイ・ディヤーナト トルコ文化センター」があります。日本最大のイスラム教モスクです。「ジャーミィ(Camii)」はトルコ語で大規模な「モスク」を意味し、これは「人の集まる場所」を意味するアラビア語を語源としています。ちなみに、「モスク(Mosque)」とは英語の呼び方で、イスラム教の言語であるアラビア語では「マスジド」(=ひざまずく場所の意味)と言います。私もここを訪ねたことがありますし、又コンシェルジュとしてお客さまにご案内も多くしてきました。オスマン様式の高く白い尖塔「ミナレット」、そしてモスクがあるのですぐわかります。内装もトルコ・イスラム芸術を代表するさまざまな工芸作品が散りばめられており、建物1階のエントランスホールにはトルコ・イスラム芸術のギャラリーが設けられ、伝統的なトルコ民家の応接間も再現されています。
イスラム教に欠かせない礼拝所「モスク」は、美しいアラベスク模様とアラビア文字(ヒュスヌ・ハット)に飾られ圧巻です。この美しい文字は、聖典コーランをより美しく書きたいという敬神の念から生まれたものです。イスラム教は偶像崇拝を禁じている宗教です。その為、モスクには教会やお寺にあるような神や預言者を象徴するような像や絵画などのたぐいは置かれていません。その代わり、主要なモチーフとして植物、幾何学模様、アラビア文字などが描かれ、自然光を受けたステンドグラスの鮮やかな色によって装飾が施されています。東京ジャーミイの壁や焼き物にはチューリップが多く描かれています。そもそもチューリップはオスマン朝の美術において欠かせない存在で、装飾模様としても多く描かれてきました。実はトルコが原産の花で、トルコの国花です。チューリップは1本の茎に一輪のみ花を咲かせることから“一神教の花”としてイスラム教を象徴する花とも言われています。オスマン帝国最盛期のスルタン・スレイマン1世はチューリップをこよなく愛していたとされ、儀式用のカフタン(民族衣装)にチューリップの装飾を施すほどでした。礼拝の時間になると、場内に礼拝の始まりを告げる「アザーン」が響き渡ります。センター内には、ハラール食品やトルコの食材(肉や肉加工食品、甘いお菓子バクラヴァ、トルココーヒー、伸びるトルコアイス、オリーブオイル、はちみつ等)、工芸品やお土産(トルコランプ、トルコグラス、マット、化粧品等)などを販売するお店があります。休憩場所には小さな噴水(泉)があり癒されます。化粧室には、礼拝前のお清めの為の足を洗うスペースが設けられています。
一つ守らなければならないルールは、礼拝場は信徒が礼拝を行なう神聖な場所。女性の場合は、礼拝場に入る前にスカーフの着用が義務付けられています。ストールかスカーフ(色、柄、形は不問)を持参、身体の露出の少ない服装で訪ねます。男性の場合も、膝上のショートパンツやタンクトップでの入場は出来ません。女性向けにスカーフの貸し出しもあります。体を覆うことができる貸し出し用のコート(アバヤ)もあります。近年増えている東京周辺に暮らすさまざまな国籍のムスリム、そして訪日外国人旅行者も多く訪れます。宗教にあまり馴染みのない人々には、イスラム教に閉鎖的な印象を持つ人も少なくないと思います。ですが、東京ジャーミイはムスリムでなくとも気軽に訪れることができる場所で、東京にいながらまるでトルコ旅行に来たような気持ちになれるのも魅力の一つです。
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