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Rikako Ikeda コラム No.39

ホテルにまつわる食のストーリー⑥

ホテルではその時代にふさわしい食の習慣や文化が育まれ、又宿泊のお客さまにまつわる新しいメニューが誕生してきました。上流階級の人々が自身のお城や宮殿で行っていた風習を、一般のお客さまの為にホテルでも提供したり、又特別なお客さまのリクエストによりシェフが特別に考案したメニューがあります。その特別な料理やお菓子にはお客さまの名前が付けられました。そんなホテルにまつわる食べ物、飲み物についてご紹介しています。

第6回目は、ザッハトルテ。オーストリア、ウィーンで誕生したお菓子です。(独: Sachertorte、ウィーン読み: サハトルテ、サッハートルテ)は、フランツ・ザッハーが創作し、ウィーンの老舗ホテル『ホテル・ザッハー』および洋菓子店デメルで味わうことが出来るお菓子です。

1832年に、クレメンス・メッテルニヒに仕える料理人の一人だったフランツ・ザッハーが考案。貴族たちの為に新しいデザートを!というメッテルニヒの要望に応えたものであったと言われています。ザッハトルテは大変好評で、翌日にはウィーン中の話題になったといいます。

当時ザッハーはまだ16歳で下級の料理人でしたが、ザッハトルテの成功から頭角を現し、後に次男のエドゥアルトがホテル・ザッハーを開業すると、ザッハトルテはそのレストランとカフェで提供されました。小麦粉とバター、砂糖、卵、そしてチョコレートなどで作った生地を焼いてチョコレート味のバターケーキを作り、アンズのジャムを塗ります。表面全体を溶かしチョコレート入りのフォンダンでケーキを覆い、さらにその上にチョコレートでザッハーと文字を書くのが正式。(スポンジを上下に切り分けて、その間にアンズジャムを塗る場合もあり)

アンズはウィーン郊外、ドナウ河流の街デュルンシュタインで上質なアンズが収穫されます。ホテル・ザッハーを訪れたら誰もが口にする最も有名なお菓子と言えるでしょう。砂糖を入れずに泡立てた生クリームを添えて食べるのも特徴。かつてこの有名なお菓子を巡って裁判まで引き起こされたことがあります。ザッハトルテは別に商標でもなければ、フランツ・ザッハーの死後100年以上経過し、そのレシピや名称は多くの国で著作権の保護対象にない為、無許可でザッハトルテを模倣し提供することは自由なのですが、レシピは門外不出とされていました。

3代目のエドマンド・ザッハーのときにホテル・ザッハーが財政難に陥ったのをきっかけに、資金援助をしたウィーンの王室ご用達のケーキ店「デメル」が、代償にザッハトルテの販売権を得た際に「元祖ザッハトルテ」の文字をケーキの上にホワイトチョコレートで描く権利も譲渡したとも言われ、ここで、デメルの娘がザッハーの息子に嫁いだ際にレシピが流出したとする話があります。(俗説とも言われていますが・・・)

その後、ハンス・スクラッチの書いた『ウィーンの菓子店』という本にまで、秘密のレシピは掲載されてしまった為、遂にホテル・ザッハー側が、デメルを相手取って商標使用と販売の差し止めを求めて裁判を起こしました。7年に及ぶ裁判の結果、ホテル・ザッハーにもデメルにも双方にザッハトルテの販売を認める判決が下り、デメルのものは「デメルのザッハトルテ」(Demel’s Sachertorte)として、ホテル・ザッハーのものは「オリジナルザッハトルテ」(Original Sachertorte)として売ることになりました。ザッハーのものはアンズのジャムを内部にも挟むのに対し、デメルのザッハトルテは表面にのみ塗るという違いがあります。

さてウィーンにはもう一つ街を代表する最高級ホテル、ホテル・インペリアルがあります。王族、国家元首、世界のVIPが顧客のホテル。かつてのドイツの名家、ヴェルテンブルグ家のフィリップ伯爵の邸宅でした。このホテルにあるインペリアル・カフェにもザッハトルテに対抗し、チョコレートのお菓子、インペリアルトルテがあります。形はキューブ型。又このカフェではアップルシュトゥルーデルというリンゴの焼き菓子も有名です。日本を代表する指揮者、佐渡裕さんもお気に入りで、ウィーントーンキュンストラー管弦楽団の首席指揮者として赴任された際、良く召し上がっていたそうです。

Grand Cafeコーヒー豆:グアテマラ焙煎豆

Grand Cafeコーヒー豆:グアテマラ焙煎豆

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