Hotelulu(ホテルル)

Rikako Ikeda コラム No.10

伝説のホテル:Hotel The RITZホテル・リッツ

踊るリッツの夜『Puttin’ On the Ritz』いう曲を聴いたことがありますか。フィギュアスケート女子シングルの選手だった浅田真央さんが、2015-2016シーズンのエキシビションで使用しました。この踊るリッツの夜『Puttin’ On the Ritz』、は、アメリカの作曲家アーヴィング・バーリンが作曲したポピュラーソング/ジャズ・ナンバー。1930年の同名のミュージカルで使われました。そのザ・リッツというのがまさにあの伝説のホテル、ホテル・リッツのことです。ホテル・リッツはセザール・リッツというスイス人が大きく関わっています。主なヨーロッパの大都市に出来、とりわけロンドンそしてパリは有名です。1850年、スイスのネーデルワイドで羊飼いの13番目の息子として生まれたセザール・リッツ。15歳からウエイターとして働き、その後は多くの有名ホテルでホテリエとしてのキャリアを積みながら、ヨーロッパの上流社交界の人々の趣味や嗜好を学びとっていきました。それ故彼の作ったホテル・リッツは、開業以来、豪華な内装、一流のおもてなしで評判となり、各国の著名人、知識階級、富裕層、貴族らを引き付けました。ホテル・リッツには、当時としては厳格なドレスコードがあり、男性にはジャケットとネクタイ、革靴の着用が求められたことから『Puttin’ On the Ritz』というフレーズは、今では「スタイリッシュに着飾る」「おしゃれにドレスアップする」といった意味を持つスラング(俗語)として使われるようになりました。その後セザール・リッツは料理人オーギュスト・エスコフィエと出会います。良いホテルに素晴らしい料理は欠かせないと考えるリッツにとって、夢を実現するのに欠かせないパートナーとなりました。1907年に出版されたエスコフィエの料理本は、多くのシェフのバイブルとして受け継がれています。華やかな食事と一流のサービスは英国の上流社交界の人々から絶大な支持を得、1898年、高級宝飾店が軒を連ねるパリのヴァンドーム広場に、自分の名前を冠した理想のホテルを作ります。快適さ、安全性、プライバシー、サービスにおいて、すべてのゲストに極上のそして自宅のようなくつろぎを提供することを目指す「ホテル・リッツ パリ」の誕生です。エレガントで優美な空間と革新的で比類なきサービス、洗練されたホテリエによるおもてなしを確立しました。エドワード7世から”king of hoteliers and hotelier to kings”(ホテリエの王、王のホテリエ)と賞賛され、ホテルの王、セザール・リッツの遺産であるリッツの信条は、ザ・リッツ・カールトンへ引き継がれています。パリのホテル・リッツに残る逸話をいくつかご紹介しましょう。 *パリのホテル・リッツは、ココ・シャネルが晩年を過ごしたホテル。そのスイートルームは「スイート ココ・シャネル」と呼ばれています。館内には、ココ・シャネルが大事にしていたという盆栽が1935年からずっとこのホテルにあるそうです。英国のエドワード8世が、国王の座を捨て、アメリカ人女性、ウォリス・シンプソンと結婚し住んでいたのもこのホテル・リッツでした。 *「スイート アンペリアル(インペリアル)」のベッドを飾る柵はなぜあるのでしょうか。ルイ14世の時代、国王の起床は一つの儀式として、多くの家臣によって執り行われていました。その当時の名残りであるこの柵は、フランスでは「dans la ruelle-ダン・ラ・リュエル(寝台と壁の間の空間)」と呼ばれています。 *「ピーチ・メルバ」というお菓子、アイスクリームの上に乗せた白桃を木イチゴで飾り、全体に糸状の飴細工を施したデザートです。これはホテル・リッツの顧客であった声楽家のネリー・メルバの為に、エスコフィエが考案したデザートです。

ビューティーティ

ビューティーティ

新年を迎えました。『美』という言葉を冠するこのお茶が最もふさわしい華やかな時期です。Hoteluluホテルルで『美』といえば、川内美登子先生のビューティーティーでしょう。最初にほのかな甘い香りに包まれます。きれいになれる!という気持ちになります。このビューティーティの成分は、英国で学ばれこのお茶を作られた美登子先生によると、多くのビタミンCを含み、肌荒れの改善やストレス緩和、疲れを癒し、糖分を気にせず体の内側から綺麗にしてくれるそうです。幸福感に包まれる、そんなハーブティーです。